松村沙友理
“でも、このあとに来るバブルの日々の予感なんてなく、街は思い切りアングラなんかの全共闘世代を引きずってて、サブカルの時代が遠慮がちに始まっていた。新宿はイナカモノの街で、もっと荒っぽかった。夜の区役所通りを歩くのは、立ちんぼのお姉さんたちが怖かったし、そこら中でアンパン(シンナー遊びのことです。ポリ袋に丸めたティシューペーパーが入ってて、それに有機溶剤を染み込ませて端から見えないように袋の中身を手で隠しながら吸引するのね。その姿がアンパン食べてるようだったから、ってのが語源)決めてフラフラしてる奴がいた。あちこちにいた。トルエンなんてのは上物で、貧乏な学生はボンドという合成化学接着剤とか、粗悪なものを吸っていたようだった。そういえば当時トルエンは裏社会の組関係のチンピラ方面の人々のシノギで、彼らは新宿駅のコインロッカーにリポビタンDの小瓶に小分けして詰め替えたトルエンを密売してて、たしかそれは「純トロ」と呼ばれていたはずだ。”
— 孤茶と訪問する戦後昭和史2(孤茶篇) | ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 (via ginzuna)
