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さらにこちらでは
【慈悲】仏教におけるもっとも基本的な倫理項目で“慈”とは相手に楽しみを与えること、“悲”とは相手から苦しみを抜き去ること。「相手と共に喜び、共に悲しんであげる」(《仏教聖典》)
安易な生き方をしたいときは、そんな自分を敵だと思って闘うんだ。たとえ、結果が思うようにいかなくたっていい。結果が悪くても、自分は筋を貫いたんだと思えば、これほど爽やかなことはない。人生というのはそういうきびしさをもって生きるからこそ面白いんだ。(岡本太郎)
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改革の目的が抜け落ちてるんですよ。彼らに仕事を効率化して早く切り上げたい、と本気で思わせるようにするためには、浮いた時間でこんなに豊かで文化的な時間が送れるんだ、ということを実感させないとダメなんです。文化的生活の基礎がないままに労働改革しても上手くいくわけありませんよ。— 山口周 (@shu_yamaguchi) December 17, 2018
“行儀が良いのが こんなに感じいいことだとは。親すげぇなあ。よく仕込んだなあ。これが本当に「育ちがいい」ってことなんだろうなあ。金持ちとか関係なく。”
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なにその素敵なしぐさ!
先日というか昨日、タリーズにいたときのこと。
ほんの一瞬しか見ていないのですが、鮮烈に心に残るひとコマが。僕の斜め向かいくらいの席に、女性が座ってきたのです。
年は20台前半。パーマを強くかけた唇のブ厚いBjorkみたいな、個性的ですが美人の部類に入る顔立ち。
姿勢が良くて、だからでしょうか、痩せています。就職活動中なのか、顔に似合わず(失礼!)、地味なスーツに身を包んでいます。
少し疲れている様子でした。夕方だったので、既に何社かまわった後なのでしょうか。彼女は、僕の視界の端っこで、プリンかケーキみたいなものとコーヒーをテーブルに置いて、自分も座り、
そして、声は出さずに、小さく口を動かしたのです。
「いただきます」と。そして、こっそり手を合わせて、お菓子を食べはじめたのです。
なにその素敵なしぐさ!
誰も見てないところで、しかもご飯じゃなくてただのおやつ、しかも別に特別なところじゃなくてただのタリーズだっていうのに、自然と口をついて出てくる「いただきます」。
行儀が良いのが、こんなに感じいいことだとは。
親すげぇなあ。よく仕込んだなあ。これが本当に「育ちがいい」ってことなんだろうなあ。金持ちとか関係なく。いやーまいった。これはモテますよ。多くの男子が、見た瞬間、
「この人となら、平和で幸せな家庭を築けるかも知れない」
と思ってしまうことでしょう。
いや、神にすら愛されるんじゃないでしょうか? 幸運を引き寄せる気がしてなりません。みなさまもさっそく真似をして、育ちの良さをそれとなくアピールし、激モテ人生を歩んでみてはいかがでしょうか?
でも、誰も見てないところでもちゃんとやらないといけないので、面倒くさいというか、誤魔化しが効かなそうですが……
(via drhaniwa)
“・人生で最も大切なのは自分の評判である。たとえ大金持ちであっても、世間の評判が悪ければけっして幸せにはなれない。”
やはり「慰安婦」は「売春婦」と呼ぶべきです。しかしこれには「ボケ」が「認知症」と呼ばれるのと同じ社会背景があり、難しい部分もあります。そこで「浮浪者」を「ホームレス」と呼ぶように、ネガティブな言葉を外来語に置き換えれば、人権にも配慮しつつ、言葉の意味を正しく伝えることが出来ます。
そこでセカンドベストとして「慰安婦」の代わりに、売春婦の英訳である「プロスティテュート」(prostitute)を使うことを提案したいと思います。
「プロスティテュート」用いた場合、海外では「セックス・スレイブ」(性奴隷)と勝手に意訳出来ませんし、プロスティテュート=売春婦である以上、別の意味が入り込む余地も有りません。同様に国内では売春の是非にまで議論を広げない効果も期待出来ます。
現在「プロスティテュート」は一般化していない言葉なので、これを用いる時は説明が必要ですが、それは次のようなレトリックを使えば良いと思います。はじめは「慰安婦(プロスティテュート)」と両論併記し、次の段階で「コリアン・プロスティテュート(慰安婦)」と入れ替え、最終的には「コリアン・プロスティテュート問題」とすれば良いのです。考えてみれば「ソリューション」や「コンテンツ」という外来語も少し前までは、誰も知りませんでしたが、今では普通に使われています。
「プロスティテュート」を拡散して「慰安婦」を死語に出来れば、状況は大きく改善するでしょう。特に意味がストレートに伝わる海外で、この問題の扱いが激変すると思います。「プロスティテュート決議」(=売春婦顕彰?)やら「プロスティテュート像」(=売春婦記念碑?)なんて、外国人が恥ずかしいだけです。
先週は、ノーベル賞ウィークで、iPS細胞研究の山中伸弥教授が医学・生理学賞を見事受賞されましたが、毎年文学賞の有力候補として話題になる村上春樹氏は、残念ながら受賞に至りませんでした。ノーベル文学賞の候補として、「村上春樹」の名前が上がるようになって以来、内外のメディアの依頼を受け、わたしは毎年「お祝いのコメント」を、書いています。

